「諦めずに続けていればゴールは近づいてくるもの」志士物語PART3
わずか5坪、7席しかない店で念願の醤油・塩専門のラーメン屋「らーめん志士」を開業した別所さん夫妻。
「豚骨ないんか?ならええわ!」と出て行くお客様も多いなか、あるイベントに参加したことで大きな転機が‥‥?
【北九州ラーメンフェスティバル出場と六倉会結成】
「北九州ラーメン王座選手権、当時はまだ北九州ラーメンフェスティバルという名前でした。2011年3月にこのイベントが初開催される時、ラッキーなことに声をかけてもらって出場して。翌年の第2回では4位に入ることが出来ました。
第1回目は初めての試みでしたから、主催する側も参加する店側も皆手探りでやってましたね。
とにかく300杯は用意してくれと言われましたが一度には作れないし、この狭い店には保管場所もない。
そこで何日もかけてスープを作っては製麺業者さんに預けて冷凍してもらって。その製麺業者さんの友人にも車を出してもらって会場まで運んでもらったりとか、日頃からお世話になってる方々のおかげで助けてもらって何とか乗り切ることが出来ました。
今では開催も2日間だし、何千杯も用意しなきゃいけなくなってるからさぞかし大変だと思います」
また、このフェスティバルで共に出場したラーメン店に別所さん自ら声をかけて、九州ラーメン連合「六倉会」を結成されました。
「1回目のフェスティバルの時は誰にも知られてない頃だったから、まず店の名を知ってもらわんといけんと思ってた。
フェスティバルで他のラーメン屋さんとのつながりができたんで、5軒なら5軒でお互いの店を紹介しあったら5倍知ってもらうことが出来る。
それぞれの店を多くの人に知ってもらういい機会になると思ってたんです」
飛び込みで連合参加をお願いしたお店の中には、超有名店もあったとか。
「体がきついからと参加はしてもらえなかったんですが、誠意を持って対応して下さってありがたかったです。それにしても今思うと無謀な話だったと自分でも思いますね(笑)」
その後別所さんは六倉会から退かれましたが、2019年春現在「ラーメン天晴」さんを中心に六倉会の活動は続き、イベント出店にボランティア活動、参加店舗対象スタンプラリーなども開催されていますので、ぜひ皆様もご注目下さい。
こうした活動を経て、らーめん志士さんの名とその美味しさは北九州で知れわたり「北九州の『うまい』醤油ラーメン」と誰もが認める存在になったのです。
【中井から中原に移転。新たなる志士の道へ】
2011年からは野菜ソムリエさんとの地産地消をテーマにしたコラボ野菜ラーメンや、Herb Cafe Sora*Soraさんとのコラボつけ麺を発表したりと、意欲的に楽しみながら活動を広げられたらーめん志士さん。
近くの小学校の課外授業「地元の宝物を探そう!」というテーマで小学生達から取材を受けたこともありました。「らーめん志士」がいかに地元の方々から宝物のように愛された店であったかが伝わってきますね。
そして5坪のあまりにも狭かった、けれど数えきれないほどの思い出が詰まった中井の店に別れを告げ、2015年6月1日、現在の戸畑区中原に移転。
「6年前はホントに何も知らない超ど素人で、見向きもされない店でした。
オープン初日は忙しいという情報を聞いて、スープ100杯以上、ご飯2升も用意して張り切って開店しましたが、来客数は一桁という。。。
なんとも華々しいスタートをきったのも良い想い出でございます(苦笑)」
「場所が違っても、志士は今まで通りの事しか出来ません。真面目にラーメンを作って、お客様には丁寧に心を込めて!ただ、それしか出来ません」
「何でも1歩ずつ焦らずに積み重ねて行くしかないですね。近道があったとしてもそれは本物ではないし、面白くないですからね。らーめん志士。これからも1歩ずつ正直に進んでいきたいと思います」
別所さんは旧店舗と新店舗への思いを、移転時にFacebookでこう記しておられました。
移転開店後はめんたいワイドのキタ級遺産のコーナーや華丸・大吉のなんしようと?など、メディアにもたびたび取り上げられ、押しも押されもせぬ北九州を代表する店舗のひとつとなりました。
けれど別所さんはご自分のことを「ぶっちゃけ、才能がないんです」とおっしゃいます。
「僕にとってラーメン作りは『絵柄のない無地のジグソーパズル』を完成させる様な事でした。
知識も経験も全く無いゼロの状態からなので、まず手がかりが無いのです。
ラーメンというものは無限の組み合わせがあるものですから、それを探し組み合わせていく作業は本当にゴールが見えない、果てしなく遠いものでした。
僕にとってラーメン屋になるという選択は、自分らしく生きる為の手段であり希望でした。
まさに天から垂れた一本の蜘蛛の糸の様なものでした。
その糸を離してしまえばもう、自分はどうやって生きていけばいいのか分からない‥‥
そんな気持ちでした。
だからゴールの見えないジグソーパズルを止めるわけにはいかなかったんです。
僕は全く才能があるわけでもないし、根気があるわけでもない。
それまで努力らしい努力もしたことがなかったし、継続して何かを成し遂げた事もない。
どちらかと言えばダメな弱い人間だと自覚していますが、本当にやらないといけないとなると人間なんとかなるものなんですね(笑)
そして、諦めずに続けていればゴールは近づいてくるものなんだと思います」
Facebookやインスタグラムでユーモアたっぷりの文章を書かれる別所さんに惹かれ、Makotoのように来店するお客様も多いのですが、奥様はこんなことを。
恵さん「皆さんこの人のことを『なんかオモシロいこと喋ってくれる人』って期待して来てくれるんですけど、面と向かってはほとんど喋らへんから『思ってたのと違う』ってがっかりして帰られるんです~(笑)」
別所さんに言わせると「嫁がいっぱいお客様に話しかけるから、僕は何も言う間がないんです。見てたらわかるでしょ?(笑)」だそうです。
寡黙な職人肌?の店主さんとおしゃべり好きで朗らかな奥様という、なんとも絶妙なバランスのらーめん志士さんご夫妻。
先日、奥様が体調を崩されて数日お店を休まれましたが、奥様が復帰された際にインスタグラムで別所さんがこんなコメントを書かれていました。
「志士は二人でやっと一人前のお店でございます。一人では志士ではなく『し』です。そう、『らーめん し』でございます。今日からまた『らーめん志士』として頑張って参りますのでよろしくお願い致します!」
ユーモアに隠された奥様へのあふれる思い。
志士さんが作るジグソーパズルの真ん中にある、絶対に欠かせないピースの形は
『奥様』
なのだろうな。
と、Makotoは思いました。
( 志士道 ~ らーめん志士のものがたり ~ 終 )
(2019年2月初出、2024年10月加筆)